やりこむ力:それは、本当に長期目標なのか?

ある意味、達成能力は過去の「やり込み経験」に

比例すると感じます。

あと、私、メールを頂く時に

正直にいって苦手だと
反応しやすい言葉があります。

(反応していることを「自己認識」して、なるべく気をつけています。)

それは何かと言うと、

これから成長していく段階にいる人が

「自分なりのペースで」

「私なりの解釈では」

という言葉を多用することです。

おそらく、慎重な思慮深い方なのでしょう。

何かとの比較や理解してから進むことが

正しいと信じているかもしれません。

そうすると、「大きな損をすることは確かに少ない」かもしれません。

ただ、

 何かを学び、習得する場合は、

「素直さ」がもっとも重要になると感じます。

過去の経験や判断が「今の自分を作っているからこそ」

パターンを変えなければならない場合があります。


最初はおそらくとても怖いはずです。

「今、自分が理解できるかどうか?」

実はあまり重要ではないのです。

「ただ、今すぐ始める」ことが

自分を変えるための1番の近道になります。

登ってみて、「後から言葉の意味がわかる」くらいでちょうど良いです。

繰り返しになりますが、

多くの人は「理解してから始めようとする」ことで

行動に大きなブレーキがかかっています。

そもそも、

「自分がこの人だと決めた人がいるなら、その人の言葉」を

「自分なりに解釈しようとしている時点で」

【純度100%の言葉】になりません。

それは学ぶ姿勢ではないと私は感じるからです。

(そもそも、人間なので、受け取り方はどうしたって全員違います。

それでもできるだけ、「純度高く学ぶ」姿勢は大切だと考えます)

なので、私はゴルフの無料メルマガ講座

読者さんなどのメールの内容を

読んで返さない場合がかなりあります。

ふざけた名前での登録は削除します、と最初から書いています。

そのように誠実に先に告知しているつもりです。

普通はあまりよくないことなのかもしれませんね。

しかし、「本当に変わりたい」と思ってくださる方に対して、

過去の価値観の上塗りをするくらいなら、

私が文字や動画で伝えることにほとんど意味がないと感じているからです。

それだけ、本気で文章の思いを込めて

メルマガ講座を作ってきたからです。

それでも、他の誰かの役に立つのは好きなので、

あえて、はっきりというならば、

技術習得を望む方は一言で言えば、

「やりこむ力の更新」を

意識されると良いでしょう。

「やりこむ力」というのは、

誰かに、何かを制限されずに

何か一つのことをやり続けることができる力と

この場合は定義します。

例えば、小学生の時の

「ゲームをやり続ける時間」を想像してみてください。

多くの場合、お父さんなり、お母さんなりに

「ゲームは一日1時間まで」という感じで

制限されてしまいます。

もし仮に、本当は

「どんなにテレビゲームを寝ないでやりたいとしてもです」

(この場合、ゲームが良いとか悪いとかそういう話ではなくて、あくまでもたとえ話です)

こういう制限を大人になってからも、

無意識に自分で自分にかけていませんか?

何かを習得するときに

「週に1回だけコツコツやる」とか

「5年後に目標を達成する」という場合があると思います。

それは、長期目標というよりも、

漠然と「薄く延ばしているだけ」と

自分で心の奥底で感じている時はありませんか?

目標を目指しているような状態が気持ちいいんだと、

「雰囲気出している」だけの時、ありませんか?

これ、私自身がまさにそうだったから、

お気持ちはよくわかるんです(笑)

本当はやれるのに自分のペースを

「こんなもんだと決めていませんか?」

なぜ、「毎日やる」とか「週6やる」とか言わないのだろう?

「忙しい」「自分に向いていない」・・・

「その状況に今、私はいない

(それなのになぜ、あなたはそれをわかってくれないんだ!)」

とか色々出てくると思うのですが、

それ、違うと思うんです、

「本当はそれほどやりたくない。」

が真の答えです。

冷たく聞こえるかもしれませんが、

心理学的に言えば、

「言葉は嘘をつき、行動は本音を表す」のです。

だから、私は、「今、それほどやりたくないんです」と

言える人の方が信頼できます。

「やりたくないことをやりたくない^ ^」

と言ってくださる方と一緒にいることは心地よいです。

ここで、もし仮に「ふざけるな!俺(私)は違う、絶対にやるんだ!」

と思えたら・・・

ここで初めて、その人の本当のパワーが見えてくるわけです。

誰も否定していません、まして状況があなただけ不利なわけではないのです。

そういう時はこの曲がオススメです!

↓↓↓

すでにコブクロのお二人が歌っているように

確かに、「閉じた扉を叩き潰して」

行かないといけない時もあるかもしれません。



ただ、解決方法がないと感じる時ほど

心の中で

「ふざけるなよ・・・思う通りになってたまるか!」

みたいな謎の熱量が心の中でメラメラとたぎる!


誤解しないでいただきたいのは、

「誰か」にたぎっているのではないんです。

自分の人生に対してです。

おそらく、そうなると

いてもたってもいられなくなって、

行動します。

もうやめなさい、と言っても

夜中の3時に起きて、テレビの電源をつけて、

「布団を被って、光が漏れないようにして、テレビゲームをして、

朝、母親が起きてくる前に、音を立てずに片付けて、

一緒に朝ごはんを食べる」くらいやるのだって・・・

自由なんです!

本当に行動したくなると人は

もっというと「(やるべき対象を)やり込み始めます」

「重要なことの意識と行動がフォーカスされるので」

無目的なことをやると「苦痛に感じるのです」

これ、私だけなのかもしれないのですが、

「やるべきことがはっきりしていると一人で作業やトレーニング」

いますぐ、したくなるのです。

言い訳を言いたくなるときは確かに、誰でもあると思うのですが、

私、その場からすぐ離れたくなります。

(なので、結局、前向きで実際に小さく行動している人しか周りにいなくなりました)

こういったことに、

ご自身で気づくかどうかの差はどこにあるかというと、

「過去に異常なだけやり込んだ経験だと思うのです」

「あの人が今できるのは、才能ではなく、見えないところで、自分とは違うやり方で何かを積み上げてきているだけだ」

と人のことを評価できるようになります。

結果、人のことを羨んだり、

批判したりすることが

自分の人生からとても少なくなります。

漠然と「薄く」先延ばしすることが悪いとか、

焦って闇雲に突き進めという話ではなくて、

本当の目標に対して、そのペースで間に合うか?

という問いかけ続ける必要があると思うんです。

大人になったら、

「ゲームは1時間までよ!と言ってくれる

優しい人はもういなくなります」

だからこそ、自分で自分に聞いてみてください。

「私はこのペースで進みたいならそれはそれでOK」

ただ、「もっと激烈に向上したい!」と思っている場合、

話がもうどうしようもないくらい、合わない可能性があります。

(どっちが、正しいではなくて、ただ単にいきたい場所が違うから仕方がない)

目的地が違ったり、

ペースが合わない場合はお互いにとって、

無理に付き合うことはできないかもしれないけれど、

一度くらい「全力で走ってみないと」

自分の力は見えてこないのかもしれません。

だからこそ、私はブログを書いています。

→このブログを書いているちょっとヤバみな人は誰?